三題噺「truth」
10/06/2007 (Sat)
愛好会用のイベントである三題噺です。
今回のお題は『ゲーム』『風物詩』『偽り』です。
ジャンルはサスペンスを意識したんですけど初挑戦のためかプロットから悩んで何回かテーマを変更しました。
メインはネットの掲示板ですね……
推敲するにも時間が無いので、そのままアップしときます。
今回のお題は『ゲーム』『風物詩』『偽り』です。
ジャンルはサスペンスを意識したんですけど初挑戦のためかプロットから悩んで何回かテーマを変更しました。
メインはネットの掲示板ですね……
推敲するにも時間が無いので、そのままアップしときます。
シュットガルド聖堂に吊られている鐘が高らかに鳴り響いている。重々しい鐘が左右に振られるたびに、荘厳な音色はウルム街に広がっていった。
ゴーン……ゴーン……
ドイツで生まれ育った少女のアイリーは物憂げにそちらに振り向いた。十九歳には見えない大人びた顔立ちに亜麻色の髪を肩まで垂らしている。色気はさほど感じさせないが、引き締まったウエストとスラっと伸びた長い足。聡明で実直なエメラルドグリーンの瞳は好奇心で輝いているが、はたから見ると生真面目なエリート学生というのが第一印象だろう。
「アイリー、あなた何をぼんやりとしていますの?急がないとドーソン教授の講義に遅れますわよ」
「ん……ああ、すぐ行くわ」
アイリーは気の抜けた返事を返しながら軽やかに駆け出した。しかし、その軽い足取りとは裏腹に拭いきれない不安が重たく心にのしかかっている。それは、昨夜、あるサイトの掲示板でたまたま発見した世界の終焉を予告した書き込みだった。
世界各地に災厄が訪れる――アメリカの聖母マリア像は悲しみの血の涙を流し、日本の富士山は破滅の炎を吐き出し、ドイツのシュットガルド聖堂の大塔は二つに折れ、エジプトのスフィンクスは砂塵と化す。これはほんの序章であり、その地より世界は暗転するだろう……この世界に永遠の闇夜が訪れる。
サイトでケーキ屋を検索していたら偶然見かけた掲示板。個人サイトかしら?デスクトップPCの17インチのディスプレィを隅々まで眺めながら、そのHPのトップに戻ってみたいのに見つからない。
「ふう、どんな人が書いたのかわかんないけど、きまぐれで書いたんだわ。でもどうしてケーキ屋で検索したのに引っかかったのかしら?」
甘いもの好きのアイリーは街外れに美味しそうなケーキ屋がないか調べていたのが、その夜は収穫が無いし明日は朝から大学に行くので早めに寝ることにしたのだ。
その日は夕方で大学が終わったので、よく行くケーキ屋に一人で向かった。友達はデートがあるからって断られたのだが、アイリーはその店の常連なので一人で行くのは苦にはならないらしい。
(あれ?)
ウルム町の特徴である赤茶色の石畳を歩きながら、壁一面がガラス張りで外から中が見えるラジオ局のブースで足を止めた。中で誰かと話している声が壁の上にあるスピーカーから流れている。
「YEAAA、この書き込みは実に面白い。ありがちなイタズラに見えるけどこういうゲームは好きだよ、おれ。この世界の破滅は何時起こるんだ!シュットガルド聖堂はうちから近いから毎日チェックしてやるぜ、サンキュー」
アメリカ育ちの若い黒人DJが威勢よく吠えながら、リスナーからのリクエスト曲を流し始めた。そのリズムに乗りながらガラス窓越しに女性ファンに笑顔で手を振っている。
(誰かが投稿したんだ、でもゲームだなんて軽々しい。ゴシップだって分かっているけど、聖堂を悪くいうなんてこれだからアメリカ人は分かってないんだわ。どーしてここのラジオ局がいつまでたってもローカル放送なのか考えたことは無いのかしら)
軽い嫌悪感を覚えながら興味を失ってツンと顔を背けた。今日は何を頂こうかしら、注文するまでの悩んでいる時間が楽しい。経済学を専攻しているためか、レポートなどの提出物は要求されたことに対して、きちんと応えないといけない。そこには個人の感性は必要ないのだ。明日のことすら分からないのに、何年先の利益と費用とリスクなんて見積もれるわけないじゃない。アイリーは典型のO型で大雑把な性格の持ち主だ。
「別にいいでしょ?アタシはまだ学生だし女の子なんだからさ」
「わがままなのは可愛いからさ。おじさんはアイリーの味方だよ。ほらお待ちかねのマスカルポーネたっぷりの特性ティラミスだよ」
小さなハート型の器にはチョコとチーズを四層のティラミスが盛られている。その上には苺を半分にカットしたものを乗せていて見た目が可愛らしい。アイリーは目を輝かせながらスプーンを入れてから口元に運んだ。
「こんな話は面白いか分からないけど、日本にある富士山って知っているかい?」
「えっ……名前だけ聞いたことあるけど……」
「それは日本では一番の有名な山でね。休火山で噴火したことは無いらしいけど最近はあるんじゃないかって噂があるんだよ」
「ただの噂じゃないの?気にするなんておかしいわ」
「おれもそう思ったけどな、実はその筋で有名な専門家がブログで言っとるんだよ。まあ日本は火山大国で有名だし、そろそろ噴火しても可笑しくないと日本人も言ってるようだ。日本じゃあ風物詩みたいなものだとよ」
アイリーはアップルティをすすりながら考えると、落ち着いた表情で手前にいるマスターに話しかけた。
「シュタイナーさん、そのブログのアドレスは分かりますか?」
「ああ、分かるよ。メモをとってくるからちょっと待っててくれ」
シュタイナーが戻ってきてアイリーにプリントアウトした紙を渡した。アイリーはカウンターテーブルに座ったまま、肘をたててプリントを眺めていたが、意を決しして自分の手さげバッグから携帯電話を取り出した。
「これで見れたらいいんだけど」
プリントにあるURLを入力して接続する――サーバーが見つかりません。どうやらPC用らしい、くだらないとは思いつつ気になるので、さっき通ったラジオ局のブース内にあるPCで見てみようと立ち上がった。
「これありがとう、今日のスイーツも美味しかったよ。ごちそうさまでした」
明るい笑顔でお礼を言いながら 木製の扉を押して出てゆく。来た道を戻るように歩いていくと、ラジオ局DLRの出入りは少なく今の時間帯はこれといってイベントが無いのだろうと思われた。小さな局内に入ると案内役の女性から愛想よく挨拶を受ける。
「すみません、こちらのパソコンでインターネットを使いたいんですけどいいでしょうか?」
「はい、只今空いていますので、ご自由にお使いになって構いません。こちらにお名前と電話番号をお願いします」
アイリーは学生証を見せてから渡された用紙に記入する。以前にも使ったことがあるので、一階のカフェと隣接しているPCが置かれているスペースに赴いた。そこは外からも見えるガラス張りの部屋で窓際に向かってデスクトップ型のPCが置かれている。
「電源、電源、ネットにつなごう♪」
点けっぱなしでいいのに誰かが消したらしい。アイリーはPCを使えるように確認しながら立ち上げた。
「ん?」
ディスプレイの上に視線を上げると、濃い茶色のロングコートをまとった中年男性がBMWから降りてくる。四人とも強面で体格がよく威圧感があり、警察官かヤクザのような印象を受けた。その連中はお互いに喋ろうとはせず、ラジオ局DLRの入り口に向かっているようだ。
(私には関係ないか……おっ、たちあがったわね)
無料で使えるPCはやたら広告ページを展開するので、使えるまでに時間がかかるのだ。退屈しのぎにもなったし、プリントを机に広げてURLを打ち込んでみた。
(確か日本の地質調査の専門家のブログだったよね……何が書いてあるのかしら)
――開いています...ジジジジッ――見つかりません。
「えっ、どういうこと、間違えたのかしら」
改めてプリントを確認するが間違ってない。どういうことかしら?首をかしげながらいぶかしく思う。ブログを閉鎖したのだろうか?またヒマなときにシュタイナーさんに聞いてみようと思いながら席を立った。
ついでに来月分の番組表をもらってこよう。DJブースに有名人とか来てないかな?アイリーは二階に上がって見下ろせる場所に移動したが誰もいなかった。仕方ないので番組表をもらいにいく途中、部屋から物が転がる大きな音が響く。
えっ、何……恐怖を感じながらも音が鳴った部屋の入り口に近づく。ドアは閉まっているので中を見ることができないが、漏れてくる声は恐怖と緊張をはらんだものだった。
「ぺっ、口の中に血がたまってんじゃねーか、善良な市民を殴っていいとのかよ、くそ野郎ども!!おたくら本当に警察官か、ええー、ぐぁ」
「うるさいヤツだ、君は私の指示に従えばいいだけだ。もう一度言う、二度とシュットガルド聖堂の名を汚すな。その一連のことも含めて軽口を叩くんじゃないぞ」
「あぁ、あんたに何の関係があるっていうんだ。この国じゃぁ言論の自由は無いっていいたのかよ。おれは知ってるぞ、あのくだりの文はただのイタズラなんかじゃないってことをな。聖母マリアの像は本当に血の涙を流したんだろう!」
床に倒されて屈強な男に押さえつけられながらも、黒人DJは噛み付くように言い放った。その瞬間、分厚い掌が横なぎに平手打ちを放つ。
「聞き分けの無い野良犬だ。仕方ない、こいつを連行しろ、公務執行妨害でな」
「痛ってえ、ちょっと待てよ、お前ら……その服のカフスは軍が身につけてる――ぐあ」
アイリーは過激な愛国者が制裁に来たんだと思った。しかし、それは大きな勘違いで目に見えない何かとてつもない大きなことが起きようとしている。手に汗をにぎりながら軽い目眩を感じる――怖い……ここは危険だ。
本能がそう告げたのか、アイリーは中腰のままそろりそろりとその場を逃げ出した。無事にラジオ局DLRから離れたが、悪寒はまだ消えず不安を拭い去ることが出来ない。
(軍が関わっていることなの……?信じられないわ、ただの書き込みなのに……、でもアメリカでは聖母マリア像が血の涙を流したって、それは本当のことかしら……)
次々と起こる怪事件に巻き込まれていることに嫌疑感が付きまとう。このくだらないイタズラな書き込みはどこまで真実を含んでいるのだろうか?
アイリーは携帯電話を取り出すと、世界の破滅を書き込んでいる掲示板を開いてみた。
「な……なにこれ」
わずか一夜を過ぎただけにも関わらず、そのスレッドには気味が悪くなるほどの膨大なレスが付いている。それも世界各地から分単位のものもあり、新たにスレッドを立て直していた。アイリーは反射的に吐き気を覚えて口元に手をやる。まるで巨大な砂糖菓子を目指して、四方八方から蟻の大群のように押しかけると、その砂糖菓子は得体の知れない生き物のように蠢(うごめ)いている。
「これほど多くの関心が高まってるなんて、あっ、聖堂のことも書いてあるわ」
その内容は聖堂も二つに折れたと書かれていたが、偽りだということはすぐに分かる。そのような一大事が起きたのなら、この一体は大変な騒ぎに発展しているだろう。最新の書き込みで気になる一文に目を止めた。
おいスレ主、お前は一体何者なんだ?黙ってないでお前もレスしろよ
ということはスレを立てた後は何一つ書き込んでないのか。さっきの黒人DJと同様に捕まったのかしら……。それを思い出すとアイリーの顔を恐怖の色に染め上げる。ウルム街は陽が暮れて夜の暗さが増してきたので、街道には明かりが灯り建物の中から電気の光が漏れている。遠回りになるけど聖堂に向かった。
「ほっ……やっぱりタチの悪いイタズラよ。聖堂はちゃんとあるじゃない」
幾分、胸をなでおろすかのようにほっとしながら帰宅についた。その深夜、寝付けなくてベッドから起き上がると眠気が来るまでパソコンでネットサーフィンをしようとデスクトップPCの電源を入れる。
「んー、あそこどうなったんだろう……」
黒人DJのことを忘れることが出来ないのだ、掲示板を開いてみた。そこには恐るべきことがらが書き込まれている。それは、スレ主の書き込みであった。アイリーは呆然と理解不能のコメントを眺めている。
これは愉快な確率ゲームだ。疑心暗鬼に陥ったものはこのレスの何倍と存在するだろう。
百人のうち一人が右を向いても誰も反応しない。しかし、一万人のうち百人が右を向いたら他の九千九百の人間は右を向く。
1/100の確率なのに違う結果になるのは、流されやすい人間が愚かな生き物だからさ!
さて諸君、世界の破滅は近い。これを信じるかはあなた次第だが各国を代表とする遺産が近日中に破壊されるだろう。
それは神によるものなのか人によるものなのかは定かではない。この世は隠し事に満ち、訳も無く災厄が突然に訪れる。
世界に存在する真実を知ることが出来ない者達よ――この世は偽りに満ちている。しかし、それを裏返せば真実になり得るかもしれない。
ゴーン……ゴーン……
ドイツで生まれ育った少女のアイリーは物憂げにそちらに振り向いた。十九歳には見えない大人びた顔立ちに亜麻色の髪を肩まで垂らしている。色気はさほど感じさせないが、引き締まったウエストとスラっと伸びた長い足。聡明で実直なエメラルドグリーンの瞳は好奇心で輝いているが、はたから見ると生真面目なエリート学生というのが第一印象だろう。
「アイリー、あなた何をぼんやりとしていますの?急がないとドーソン教授の講義に遅れますわよ」
「ん……ああ、すぐ行くわ」
アイリーは気の抜けた返事を返しながら軽やかに駆け出した。しかし、その軽い足取りとは裏腹に拭いきれない不安が重たく心にのしかかっている。それは、昨夜、あるサイトの掲示板でたまたま発見した世界の終焉を予告した書き込みだった。
世界各地に災厄が訪れる――アメリカの聖母マリア像は悲しみの血の涙を流し、日本の富士山は破滅の炎を吐き出し、ドイツのシュットガルド聖堂の大塔は二つに折れ、エジプトのスフィンクスは砂塵と化す。これはほんの序章であり、その地より世界は暗転するだろう……この世界に永遠の闇夜が訪れる。
サイトでケーキ屋を検索していたら偶然見かけた掲示板。個人サイトかしら?デスクトップPCの17インチのディスプレィを隅々まで眺めながら、そのHPのトップに戻ってみたいのに見つからない。
「ふう、どんな人が書いたのかわかんないけど、きまぐれで書いたんだわ。でもどうしてケーキ屋で検索したのに引っかかったのかしら?」
甘いもの好きのアイリーは街外れに美味しそうなケーキ屋がないか調べていたのが、その夜は収穫が無いし明日は朝から大学に行くので早めに寝ることにしたのだ。
その日は夕方で大学が終わったので、よく行くケーキ屋に一人で向かった。友達はデートがあるからって断られたのだが、アイリーはその店の常連なので一人で行くのは苦にはならないらしい。
(あれ?)
ウルム町の特徴である赤茶色の石畳を歩きながら、壁一面がガラス張りで外から中が見えるラジオ局のブースで足を止めた。中で誰かと話している声が壁の上にあるスピーカーから流れている。
「YEAAA、この書き込みは実に面白い。ありがちなイタズラに見えるけどこういうゲームは好きだよ、おれ。この世界の破滅は何時起こるんだ!シュットガルド聖堂はうちから近いから毎日チェックしてやるぜ、サンキュー」
アメリカ育ちの若い黒人DJが威勢よく吠えながら、リスナーからのリクエスト曲を流し始めた。そのリズムに乗りながらガラス窓越しに女性ファンに笑顔で手を振っている。
(誰かが投稿したんだ、でもゲームだなんて軽々しい。ゴシップだって分かっているけど、聖堂を悪くいうなんてこれだからアメリカ人は分かってないんだわ。どーしてここのラジオ局がいつまでたってもローカル放送なのか考えたことは無いのかしら)
軽い嫌悪感を覚えながら興味を失ってツンと顔を背けた。今日は何を頂こうかしら、注文するまでの悩んでいる時間が楽しい。経済学を専攻しているためか、レポートなどの提出物は要求されたことに対して、きちんと応えないといけない。そこには個人の感性は必要ないのだ。明日のことすら分からないのに、何年先の利益と費用とリスクなんて見積もれるわけないじゃない。アイリーは典型のO型で大雑把な性格の持ち主だ。
「別にいいでしょ?アタシはまだ学生だし女の子なんだからさ」
「わがままなのは可愛いからさ。おじさんはアイリーの味方だよ。ほらお待ちかねのマスカルポーネたっぷりの特性ティラミスだよ」
小さなハート型の器にはチョコとチーズを四層のティラミスが盛られている。その上には苺を半分にカットしたものを乗せていて見た目が可愛らしい。アイリーは目を輝かせながらスプーンを入れてから口元に運んだ。
「こんな話は面白いか分からないけど、日本にある富士山って知っているかい?」
「えっ……名前だけ聞いたことあるけど……」
「それは日本では一番の有名な山でね。休火山で噴火したことは無いらしいけど最近はあるんじゃないかって噂があるんだよ」
「ただの噂じゃないの?気にするなんておかしいわ」
「おれもそう思ったけどな、実はその筋で有名な専門家がブログで言っとるんだよ。まあ日本は火山大国で有名だし、そろそろ噴火しても可笑しくないと日本人も言ってるようだ。日本じゃあ風物詩みたいなものだとよ」
アイリーはアップルティをすすりながら考えると、落ち着いた表情で手前にいるマスターに話しかけた。
「シュタイナーさん、そのブログのアドレスは分かりますか?」
「ああ、分かるよ。メモをとってくるからちょっと待っててくれ」
シュタイナーが戻ってきてアイリーにプリントアウトした紙を渡した。アイリーはカウンターテーブルに座ったまま、肘をたててプリントを眺めていたが、意を決しして自分の手さげバッグから携帯電話を取り出した。
「これで見れたらいいんだけど」
プリントにあるURLを入力して接続する――サーバーが見つかりません。どうやらPC用らしい、くだらないとは思いつつ気になるので、さっき通ったラジオ局のブース内にあるPCで見てみようと立ち上がった。
「これありがとう、今日のスイーツも美味しかったよ。ごちそうさまでした」
明るい笑顔でお礼を言いながら 木製の扉を押して出てゆく。来た道を戻るように歩いていくと、ラジオ局DLRの出入りは少なく今の時間帯はこれといってイベントが無いのだろうと思われた。小さな局内に入ると案内役の女性から愛想よく挨拶を受ける。
「すみません、こちらのパソコンでインターネットを使いたいんですけどいいでしょうか?」
「はい、只今空いていますので、ご自由にお使いになって構いません。こちらにお名前と電話番号をお願いします」
アイリーは学生証を見せてから渡された用紙に記入する。以前にも使ったことがあるので、一階のカフェと隣接しているPCが置かれているスペースに赴いた。そこは外からも見えるガラス張りの部屋で窓際に向かってデスクトップ型のPCが置かれている。
「電源、電源、ネットにつなごう♪」
点けっぱなしでいいのに誰かが消したらしい。アイリーはPCを使えるように確認しながら立ち上げた。
「ん?」
ディスプレイの上に視線を上げると、濃い茶色のロングコートをまとった中年男性がBMWから降りてくる。四人とも強面で体格がよく威圧感があり、警察官かヤクザのような印象を受けた。その連中はお互いに喋ろうとはせず、ラジオ局DLRの入り口に向かっているようだ。
(私には関係ないか……おっ、たちあがったわね)
無料で使えるPCはやたら広告ページを展開するので、使えるまでに時間がかかるのだ。退屈しのぎにもなったし、プリントを机に広げてURLを打ち込んでみた。
(確か日本の地質調査の専門家のブログだったよね……何が書いてあるのかしら)
――開いています...ジジジジッ――見つかりません。
「えっ、どういうこと、間違えたのかしら」
改めてプリントを確認するが間違ってない。どういうことかしら?首をかしげながらいぶかしく思う。ブログを閉鎖したのだろうか?またヒマなときにシュタイナーさんに聞いてみようと思いながら席を立った。
ついでに来月分の番組表をもらってこよう。DJブースに有名人とか来てないかな?アイリーは二階に上がって見下ろせる場所に移動したが誰もいなかった。仕方ないので番組表をもらいにいく途中、部屋から物が転がる大きな音が響く。
えっ、何……恐怖を感じながらも音が鳴った部屋の入り口に近づく。ドアは閉まっているので中を見ることができないが、漏れてくる声は恐怖と緊張をはらんだものだった。
「ぺっ、口の中に血がたまってんじゃねーか、善良な市民を殴っていいとのかよ、くそ野郎ども!!おたくら本当に警察官か、ええー、ぐぁ」
「うるさいヤツだ、君は私の指示に従えばいいだけだ。もう一度言う、二度とシュットガルド聖堂の名を汚すな。その一連のことも含めて軽口を叩くんじゃないぞ」
「あぁ、あんたに何の関係があるっていうんだ。この国じゃぁ言論の自由は無いっていいたのかよ。おれは知ってるぞ、あのくだりの文はただのイタズラなんかじゃないってことをな。聖母マリアの像は本当に血の涙を流したんだろう!」
床に倒されて屈強な男に押さえつけられながらも、黒人DJは噛み付くように言い放った。その瞬間、分厚い掌が横なぎに平手打ちを放つ。
「聞き分けの無い野良犬だ。仕方ない、こいつを連行しろ、公務執行妨害でな」
「痛ってえ、ちょっと待てよ、お前ら……その服のカフスは軍が身につけてる――ぐあ」
アイリーは過激な愛国者が制裁に来たんだと思った。しかし、それは大きな勘違いで目に見えない何かとてつもない大きなことが起きようとしている。手に汗をにぎりながら軽い目眩を感じる――怖い……ここは危険だ。
本能がそう告げたのか、アイリーは中腰のままそろりそろりとその場を逃げ出した。無事にラジオ局DLRから離れたが、悪寒はまだ消えず不安を拭い去ることが出来ない。
(軍が関わっていることなの……?信じられないわ、ただの書き込みなのに……、でもアメリカでは聖母マリア像が血の涙を流したって、それは本当のことかしら……)
次々と起こる怪事件に巻き込まれていることに嫌疑感が付きまとう。このくだらないイタズラな書き込みはどこまで真実を含んでいるのだろうか?
アイリーは携帯電話を取り出すと、世界の破滅を書き込んでいる掲示板を開いてみた。
「な……なにこれ」
わずか一夜を過ぎただけにも関わらず、そのスレッドには気味が悪くなるほどの膨大なレスが付いている。それも世界各地から分単位のものもあり、新たにスレッドを立て直していた。アイリーは反射的に吐き気を覚えて口元に手をやる。まるで巨大な砂糖菓子を目指して、四方八方から蟻の大群のように押しかけると、その砂糖菓子は得体の知れない生き物のように蠢(うごめ)いている。
「これほど多くの関心が高まってるなんて、あっ、聖堂のことも書いてあるわ」
その内容は聖堂も二つに折れたと書かれていたが、偽りだということはすぐに分かる。そのような一大事が起きたのなら、この一体は大変な騒ぎに発展しているだろう。最新の書き込みで気になる一文に目を止めた。
おいスレ主、お前は一体何者なんだ?黙ってないでお前もレスしろよ
ということはスレを立てた後は何一つ書き込んでないのか。さっきの黒人DJと同様に捕まったのかしら……。それを思い出すとアイリーの顔を恐怖の色に染め上げる。ウルム街は陽が暮れて夜の暗さが増してきたので、街道には明かりが灯り建物の中から電気の光が漏れている。遠回りになるけど聖堂に向かった。
「ほっ……やっぱりタチの悪いイタズラよ。聖堂はちゃんとあるじゃない」
幾分、胸をなでおろすかのようにほっとしながら帰宅についた。その深夜、寝付けなくてベッドから起き上がると眠気が来るまでパソコンでネットサーフィンをしようとデスクトップPCの電源を入れる。
「んー、あそこどうなったんだろう……」
黒人DJのことを忘れることが出来ないのだ、掲示板を開いてみた。そこには恐るべきことがらが書き込まれている。それは、スレ主の書き込みであった。アイリーは呆然と理解不能のコメントを眺めている。
これは愉快な確率ゲームだ。疑心暗鬼に陥ったものはこのレスの何倍と存在するだろう。
百人のうち一人が右を向いても誰も反応しない。しかし、一万人のうち百人が右を向いたら他の九千九百の人間は右を向く。
1/100の確率なのに違う結果になるのは、流されやすい人間が愚かな生き物だからさ!
さて諸君、世界の破滅は近い。これを信じるかはあなた次第だが各国を代表とする遺産が近日中に破壊されるだろう。
それは神によるものなのか人によるものなのかは定かではない。この世は隠し事に満ち、訳も無く災厄が突然に訪れる。
世界に存在する真実を知ることが出来ない者達よ――この世は偽りに満ちている。しかし、それを裏返せば真実になり得るかもしれない。
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